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1944年7月、連合国44カ国が、米国のニューハンプシャー州ブレトンウッズに集まり、第二次世界大戦後の国際通貨体制に関する会議が開かれ、国際通貨基金(IMF)協定などが結ばれました。その結果、国際通貨制度の再構築や、安定した為替レートに基づいた自由貿易に関する取り決めが行われました。この体制をブレトンウッズ体制または、IMF体制といいます。
※国際通貨基金(IMF)は、1945年12月に発効したIMF協定に基づいて、1946年3月に設立、1947年3月に業務を開始しました。
為替レートを安定させて自由貿易を発展させるために、国際通貨体制を支える機関として国際通貨基金(IMF)と国際復興開発銀行(IBRD)が創設されました。国際通貨基金は短期的な資金を、国際復興開発銀行は長期的な資金を援助する機関です。
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国際通貨基金(IMF)
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短期的な資金を援助
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為替レートの安定
自由貿易の発展
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国際復興開発銀行(IBRD)
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長期的な資金を援助
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国際通貨基金(IMF)は、金だけを国際通貨とする金本位制ではなく、ドルを基軸通貨とする制度を作り、ドルを金とならぶ国際通貨としました。1930年から1940年代、世界のおおかたの金が米国に集中しており、米国は圧倒的な経済力を誇っていました。米国の豊富な金をもとに発行されたドルは、金と同様の価値があったのです。このように、ドルと各国の通貨価値を連動させたことから、ブレトンウッズ体制(IMF体制)のことを、金・ドル本位制といいます。
この制度では、金とドルの交換率を、金1オンス=35ドルと決め、金との交換を保証しました。為替レートが固定されていたことから、この制度を固定相場制ともいいます。また、為替相場の変動を平価の上下1%以内に維持することが決められ、ほとんどの加盟国が、ドルに対して1%より狭い変動幅に定めました。日本でも、平価を1ドル=360円に固定し、変動幅もIMFに加盟した当初は上下0.5%、1963年以降は上下0.75%としています。
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金・ドル本位制
(固定相場制)
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金とドルの交換率
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⇒ 金1オンス=35ドル
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為替相場の変動
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⇒ 平価の上下1%以内
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しかし、米国は、1960年代にベトナム戦争での大量支出や、対外的な軍事力増強などを行った結果、大幅な財政赤字を抱えることとなり、国際収支が悪化して、大量のドルが海外に流出してしまいました。米国は、金の準備量をはるかに超えた多額のドル紙幣の発行を余儀なくされ、金との交換を保証できなくなりました。
1971年8月15日、米大統領ニクソンは、ドルと金の交換停止を発表しました。これをニクソン・ショックといいます。これにより、ブレトンウッズ体制は崩壊しました。米ドルは信用を失って大量に売却され、市場で大暴落しました。ブレトンウッズ体制の崩壊により、国際通貨制度は一時的に変動相場制へと移行しました。
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ブ レ ト ン ウ ッ
ズ 体 制 ( 1 9 4 5 ~ 1 9 7 1 )
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国際通貨基金(IMF)と国際復興開発銀行(IBRD)を創設
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IMFは、ドルを金とならぶ国際通貨とした(金・ドル本位制)
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金1オンス=$35
変動幅 1% …… 固定相場
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↓
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1971年8月のニクソン・ショックにより、ブレトンウッズ体制崩壊
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